2020大長征・真の母の時代 李一松 のブログ

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真のお母様を信じて心情を一つに行動すれば奇跡が起きる時代
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龍となれ! 

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龍馬伝←クリック(youtube 動画)

君は、八段階を昇ったか
個人・家庭・氏族・民族・国家・世界・天宙・神の八段階を昇ったか
再臨のキリストが自身のいのちを削られた生き方
再臨のキリストが自身の血と涙を流された生き方
再臨のキリストが自身のご家族を犠牲にされた生き方
真実の90年文鮮明師の生涯を通じて人類のすべての人々に手本を示されたのだ
おのが故郷を愛する隣人愛の手本の道
おのが祖国を愛する愛国心の手本の道
おのが世界・地球星を愛する人類愛の手本の道
いずこより聞こえる、できないよ!あきらめた!ぼくらの魂の叫びが聞こえる!
天から降り来る龍!90年の聖なる生涯を猛スピードで疾走したのだ
み旨の同志よ、志高くあれ!奴隷に身を沈むなかれ!君が踏む大地を神の愛で制覇せよ!
再臨のキリストに従順な弟子たる者よ、
できるよ!あきらめない!ぼくらの魂の良心の叫びが聞こえる!
君は、八段階を昇ったか
個人・家庭・氏族・民族・国家・世界・天宙・神の八段階を昇ったか
汝は、勇者なり、龍となれ!
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信じることは愛 

未分類

神を信じる
真の父を信じる
真の母を信じる
真の子女様を信じる
夫を信じる
妻を信じる
息子を信じる
娘を信じる
最後の最後には信じることだ
信じることは愛なのだから
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日本における再臨のキリスト運動 

未分類

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①日本国はキリストを要す。彼によるにあらざれば、その家庭を潔むるあたわず。日本国はキリストを要す。彼によらずして、その愛国心は高尚なるあたわず。キリストによりてのみ、真正の自由と独立とあり。そは彼は霊魂に自由を与うる者なればなり。キリストによらずして、大美術と大文学とあるなし。そは彼は人類の理想なればなり。キリスト降世二千年後の今日、吾人は彼によらざる真正の文明なるものを思惟するあたわず(1901年5月『聖書之研究』)

②引き続き無為平穏である。ロバート・ロー、A・E・ブルックらの著書により、ヨハネ第一書を研究し、大いに教えらるるところがあった。米国費府、世界預言大会委員より電報達し、大会に宛て祝辞を郵送せよとのことであった。日本における再臨運動が、かくまで認めらるるに至りしことは感謝すべきである。(1919年5月1日)

上記の二つコメントは、再臨主を待ち望んだ内村鑑三の言葉である。

統一教の友よ、
ぼくらは、既に、再臨のキリスト・文鮮明師を迎えた者である。ぼくらは、内村の悲願成就のバトンを持つ者である。
『龍になれ、雲、おのずから集まる』(武者小路実篤)
ぼくらが、志を高く持って集まるならば、日本における再臨のキリスト運動は大きく発展してゆくとぼくは、固く信じるものである。

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韓国からの信仰の贈り物 

未分類

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ある日、ぼくは、広島の会場で韓国から来られた沈明玉女史(72双)の講話をお聞きした。長い間、直接、真の父母様にお仕えされた信仰の大先輩との出会いであった。今も忘れる事ができない。それは、1000人の信徒の前で最後の祈祷をされた時のことである。会場全体に響き渡る号泣のいのり。ぼくは、激しく、泣いて涙して大声で祈る人を見たのは、初めてであった。深い信仰の祖国の大きな愛の風が会場いっぱいに包んだのである。

沈明玉女史の信仰。雪国に住む孝行息子が母の病に効く苺を採ってきて母の命を救ったという韓国の伝承物語を思い出す。奇跡の信仰の苺をぼくは、沈明玉女史からいただいと思っている。それは、2007年9月号のファミリーのという雑誌の中の「沈明玉女史の証し」を読んでいた時であった。ぼくの長年の信仰の悩みの解答がそこには、堂々と宣言されていたのである。「真のお父様は、第3アダムとして原罪がなく誕生されました。」とお話されていたのだ。

ぼくにとっては、他の食口がどうかはわからないが、信仰の卵を無性卵ではない、いのちの信仰の有性卵をいただいたように思えたのであった。ぼくの深いこころの奥底に光として届けられたのである。燃え上がる希望の信仰の種が植えられた瞬間であった。それほどに、ぼくは、再臨主の誕生のことで苦悶する日々であったのだ。ぼくは、ストレートに信仰の表現をする信徒に、はじめて出会ったのである。

統一教会という樹木は、いつも成長し続けている。世界基督教統一神霊協会→世界平和統一家庭連合→統一教と名称が変わっていく。それでも、ぼくの第三アダムとしての神の息子・文鮮明師への信仰は不変であるのだ。文鮮明師は、第三アダムとして誕生され成長され16歳に天の召命を受けられ御結婚され七死復活八段完成の苦難の峠を勝利された。第三アダムとしての責任分担を勝利されたという事にぼくは、こころから感動をもって誇る者ある。文鮮明師はイエス・キリストの志操を相続されたのである。今後、間違いなく、神の国はこの地上に、地球にあの天上世界に成就すると思う。どのようにできるのか、ぼくもわからない。でも、ぼくは、確信している。なぜなら、歴史に稀有の不死身の人物・文鮮明師の熱心と歴史を導いて生きて働く万軍の主・神の熱心がそのことを約束しているからである。この拙文をぼくからあなたへの信仰の贈り物として贈ろうと思う。           
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フィギュアの女王 

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2010・冬季五輪オリンピック・バンクーバ大会が、開催された。その中でも、フィギュア女子・浅田真央選手vsキム・ヨナ選手のライバル対決の金メダルの行方に両国民は、多いに関心を持っている。マスコミ報道は、加熱ぎみである。

ぼくは、39年前のある出来事を思い出していた。その時、ぼくは、21歳の青年であった。統一原理を聞いて2年半。突然、人事発令を受けたのである。一人での単身開拓伝道であった。宣教の任地は、日本のキリスト教殉教の地、島原市であった。一枚の下着と一冊の聖書と一冊の原理講論と一枚の片道切符だけの荷物である。ぼくは、6ヶ月滞在した。記憶とは不思議なものである。多くのことの詳細を忘れるが、覚えていることもある。ぼくは、開拓伝道で孤独の絶頂を体験した。誰も知らない街。ぼくは、天地創造の神が、エデンの園を追放されたわが子を探し出す神の代身者の孤独を味わっていたのだ。ぼくは、そこで40年近く経過しても忘れることができない夢を見たのだ。旧約聖書のヤコブが、故郷の地を後にして天使が上り降りしていた光景を見たそれに似た体験をしたのだ。それは、夢の中で、一人の娘が、スケートをしている光景であった。氷上のリンクを滑る美しい踊りの場面であった。その踊りにぼくは、痛く感動した。ぼくのさびしい孤独な心に春の歓びをくれたのだ。ひたすら踊る少女の姿に群集もぼくも見入った。ぼくは、娘のお顔を拝見した。「なんと、真のお母様であった!」ぼくの胸は高鳴った。その時、僕は、眼を覚ましたのである。ぼくの小さな夢の体験。神は、殉教の地で、街中の人に、一人残らず、再臨のキリスト・真の父を述べ伝える天命を受けた北国出身の青年のぼくに最高の慰労の贈り物をくださったのであった。

本日(2010.2.26)、スポーツを越えた最高のフィギュアの女王の踊りの氷上の芸術を全世界が注目するのだ。

注:結果:キン・ヨナ(金)、浅田真央(銀)
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神主義文学樹立宣言 

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神主義文学構築は急務である
神不在の文学賞、いかなる位置にあるのか
天と地と人を創造された神は死んではいない、生きている
人類は神を失った
神はぼくらの良心と本心に働いた
ぼくらは、神に近づこうと宗教を築き上げた
その宗教を迫害した民族・国家は滅びても宗教は現在も行き残っている
神は、時にふさわしく人物を立て励まし
人類歴史を本然の理想の世界へと導かれている
神と共にある地上・天上の平和王国実現へと導いておられるのである
神は人類の真の王 、神は人類の真の師匠、神は人類の真の父母である
神主義文学構築 !野心にあらず 自覚なり 自発なり 覚悟なり
信仰の同志よ、神の心情文学構築は歴史の必然、急務である
2009.7.4 

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あなたは、あなた自身の小説を書いていますか 

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信仰の兄弟、「あなたは、あなた自身の小説を書いていますか」
このタイトルは、
2008年3月17日に昇華された文孝進二ム(文鮮明師のご長男)の説教の一節である。
ぼくは、この言葉を大切にしている。ぼくからあなたへこの言葉を渡したいものです。

人生で何をしたいかを知ってください。
「私たち」になろうとするのか、「私」になろうとするのか 。
選択をして、与えられた人生を理解してください。
与えられたそれは、たくさんではないのでみんな平等な場です。
何を与えられたかは重要ではありません。それは本当に重要ではありません。 オーケー。
あなた自身の考えをしなければなりません。 いいですか。
私は、あなたのために物語の本を読んであげようと言うのではありあません。オーケー?
あなたは、あなた自身のストーリーを作るのです。それがあなたの人生です。
あなたは、あなた自身の歌を書きます。あなたは、あなた自身の小説を書くのです。
それが、私たちがするすべてです。それは、私たちができるベストのことです。
そして、うまくいけば、それは、だれかを奮い立たせることができるのです。
私ができることは私がするのです。そうなんです。 それは、あなたしだいです。
だから自分でしてください。いいですか?
説教『愛とは何か』(抜粋)文孝進・ベルべディア2008.2.3

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愛勝2010 

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2010年の開幕だ
ぼくらは、90歳・卒寿のお父様の気合で天歴元旦を迎えることができた
お父様のその想いを悟ろう
統一の道 先人の歩まれた道 信じて滅んで悔い無き道
ぼくらは、成熟したる忠臣・烈士・烈女でありたいものだ
むずかしい困難の億万峠を越えられた老師・再臨主
神にすがりながら祈りつつ越えられた血のにじんだ再臨のキリストの足跡
死を覚悟された再臨主・文鮮明師の七死復活八段完成の真実の愛の人生路程
神の愛を伝えるために死も恐れず進まれた生涯
イエス・キリストの道を思い出す
維新の先駆者・坂本龍馬の道を思い出す
子女様の道 文興進様、文喜進様、文孝進様を思い出す
愛勝!それは、死をも恐れず
真の父母様を愛した愛で勝利して行かれた伝統
神は、ぼくらを励まして言われる
「誇り高き統一教人よ!
わたしは、真の父母様が信じる神である
わたしは、真の父母様と共にいたように
あなた方とともにあるのだ
だから、強く立て!死をも恐れず立て!」
信仰の友よ、この一年を愛勝精神で走り続けようではないか

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虚無に生きるぼくを救った文師の思想 

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ぼくは、神が存在するかどうかよくわからなかった。信じていたけれど霧がおおっていたんだ。
そんな時、文鮮明師のメッセージと出会った。ぼくは、びっくり仰天した。
それは、文師の説教「父母の日と私」の一節との出会いであった。

  先ほど進化論の話をしましたが、
  最近は唯物論者たちは意識が先か、実体が先かと言っています。
  この思惟と存在問題について、一つの例を挙げてみると、
  目が一番初めに生まれる時、太陽があることを知っていたでしょうか。
  目は知らなかったのです。しかし、目は太陽を見るために生まれたのは事実です。
  ただ太陽を見るためだけではなく、空気の中のほこりがあることを知ってまつげがついているのです。
  また、目には涙腺があります。涙腺は水をまかなければならないのです。
  この地上では、空気が蒸発するために目が焼けるのを知って、このようにつくられたのです。
  存在は、すべてのものの背後にあるものを知らないのです。
  誰か、私以外のものがすべてを知っていたのです。
  完全に理想的方法を知っていたのです。
  このことは意識が先であって、実体が後にできたことを意味します。
  それは神様が存在するということです。
                「父母の日と私」(1991.3.27)より   文鮮明師

文鮮明師からの神の存在証明の言葉であった。
ぼくの前に見える存在物のいっさいの創造者である神への目覚めの瞬間の契機となった。
文師が、どれほどに苦悶され苦闘された上で発見された人類への贈り物の真理かと思えば・・・
涙しかないぼくであったのだ。魂の虚無に生きるぼくの蘇りの希望の朝の瞬間を迎えたのだ。
友よ、あなたにこのことを伝えたくて書いている。
ぼくは、神のある新しい人生を生きてゆこうと心の底から決意したのだ。
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灯台 

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夜の海に 孤独の海に
悪天候の時に 霧に包まれている時に
船が最も必要とする灯台
暗い世界に光を与える灯台
日が落ちて暗くなり始めると明かりが大きくなる灯台
荒れる海で暗礁にぶつからないように安全通航を守る灯台よ
愛のない砂漠のような海の人類の前に 愛の光を照らしてあげよう
台風が来ても変わらない灯台 力強く輝け!
行くべき道が分からない人類と韓民族の前に
新しい灯台となれ!
永遠に輝く太陽の光のような灯台となれ!
世界193ヶ国の前に照らせ!世界宗教和合の理想を!
ぼくらは父なる神に誓った
その火を消さないように火をともすのだ
あなたは、暗い世界に光を与える唯一の灯台!
再臨のキリスト・文鮮明師の90年の苦難の勝利の生涯の結晶
            
           ー「統一教世界本部教会奉献式」の祝詩ー
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再臨のキリスト誕生 

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ぼくは、信じて滅んでも悔いなき人と出会った

神に侍る韓民族に神は救いの手を差し伸べられた
環太平洋の東洋の朝鮮半島の一角の定州の村
女は男の子を産んだ
彼は鉄の杖をもってすべての国民を治める者である

永遠の朝を迎える慶びの日
再臨のキリスト・文鮮明師の90歳の誕生の祝賀である

神と再臨のキリストを世界193ヶ国で人類の父母様として迎える時代
七死復活八段完成 真の父母勝利 
人類の贖罪のため地獄の七度の苦痛を真の愛で勝利された90年の受難の生涯
死の道を生き残り、愛を残された生涯
神の絶望と嘆息と苦悩を希望と歓喜に変えられた生涯

ぼくは、告白する
文鮮明師は第三のアダムとして無原罪で地上に誕生されたのだ

ひとりの男の子がわれわれに与えられた。
まつりごとはその肩にあり、
その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」
ととなえられる。(旧約聖書・イザヤ9章6節)

ぼくは、信じて滅んでも悔いなき人と出会った

                   2010・2・19

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この世で愛を植えよう 

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「人はみな草のごとく、その栄華はみな草の花に似ている。草は枯れ、花は散る。 しかし、主の言葉は、とこしえに残る。」(ペテロの第1の手紙1章24~25節)
ぼくの人生、枯れ草の運命のように虚無の人生であった。なぜ、生きるのですか?ぼくは、わからなかった。
そんな時、統一教に出会ったのだ。創造者の存在に関心を持つようになった。神が生きて存在するなら会ってみたいものだと純粋に思った。最初に祈った時、神は僕の腹の底でわたしはここだ!というばかりに熱い火の魂のとして振動した。それから、21年後、東京の森で僕が何をすべきかと神に尋ね祈り求めた時、神は世界のために再臨の主を証して、書きなさいと啓示されたのである。ぼくのたましいは、再臨主のみ言葉で蘇生した。人ではない、物質でもない人と人を結ぶものは愛である。神と人を結ぶものも愛である。国と国の分断、人と人の分断、神と人の分断、再臨主と信徒の分断を愛だけが解決するのである。

ぼくの長い闘病生活の中でこんな体験を持った。腰の痛みのため、油汗を流しているぼくを友人はぼくを背負って病院に運んだのである。今も友人の熱い親切を忘れることができないのだ。
ぼくの妻の父は農夫であった。若いとき、事故でなくなった。ぼくたちの結婚前のことであったので妻の父とはお会いした事はない。法要の折に、妻の父の弟とこんな会話をしたことを覚えている。
「何か、日記とか手紙とか残されていませんか。」「百姓だから、なんにもありませんよ。」「そうだ。すごいものをのこしたよ。娘さんを。」おじは、妻という最高のものを残したとぼくに言ったのである。妻は非常に自分の父を尊敬しているのだ。学歴も無いけれど働くだけの父を尊敬しているのだ。愛のたっぷりある父と自分の思い出を妻は二人になった時もぼくに話してくれるのである。作家のように作品を残すのが人生の価値のように考えていたぼくには、このお話は、ぼくの頭を金槌で殴られたような衝撃であったのである。

イエス・キリストがゴルゴダの丘で血を流された33年の短い生涯。十字架上でイエスは隣人の右の強盗に愛を残して死んでいった。極限の中で愛を残す事は至難の業である。再臨主・文鮮明師は、90年の生涯をかけて主の御身を持って教え伝えてくださったのも愛についてであった。2008年7月19日のヘリ機事故の地獄からの文師御夫妻の奇跡の生還。機内に同行していた弟子たちの敏速の行動により文師御夫妻を救出したのである。自分の身よりも真の父母様の安全を優先されたのだ。イエスの時、弟子たちは自分のいのちを優先したゆえにイエスはサタンに好きなようにされてイエスはいのちを奪われてしまったのだ。文師の弟子への愛が証明された。文師へのご恩返しのドラマが展開されたのだ。ヘリ機は不時着後、20数分で山中爆発炎上したのである。危機一髪であった。2010年2月17日の真の父母様天宙祝福式・文師の祝等の祈りは短い祈りであったけれど父なる神の愛を伝えてくれる祈りを僕はひさしぶりに涙して聞いたのである。神は、すべての人を愛している事。神はすべての人のどんな罪をも許そうとして事。神は結局、すべての65億の人、ひとりひとりの親である事。文師の祈りで神の愛の懐へ抱かれる瞬間をぼくは、体験したのである。父なる神の愛は高く深く広い。再臨主・文師の愛も同じく高く深く広いのである。

僕は、愛をほめたたえる。政治でもない、経済力でもない、軍事力でもない、地位や学識でもない芸術でもないのだ。愛だけが不可能を可能にするのだ。愛さえあれば家族は、ひとつになれる。宗教も民族も国もひとつになれる。ぼくは、その主の灯してくださった愛の光の灯火をこの世に掲げて、村の人のため、都会の人のため涙を流そう、血の汗を流そうと思う。あの世に旅立った人々以上の愛で愛の種を植えようと思う。再臨のキリスト・真の父母様を愛の花の咲いた勝利の祝宴の園でお迎えしようと思う。ぼくは、地上でお迎えする日、天上でお迎えする日を夢に見るものである。

注:題は、文鮮明師の御長男・文孝進様の2006年永愛のコンサートの曲名の
「この世で愛を植えよう」を用いた。

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メシア観確立 

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エベレストは、ネパールと中国国境にある。ヒマラヤ山脈に聳え立つ山である。
標高8843.43km。1953年、エドモンド・ヒラリーが世界初登頂した。
ぼくらは、メシア観の確立という信仰の山・エベレストに登頂へのチャレンジャー・冒険者であると思う。登頂ルートは各様である。ただ、征服する目標は同じなのである。

初臨のメシア(無原罪)・イエス様を迎えたイスラエル民族。メシアを信じてよく仕えれば、イエス様は栄光の主の道であった。メシアを不信するならば、イエス様は受難の道を歩むのである。二つの道の選択はイスラエル民族の責任分担にまかされていた。
同様に、再臨されたメシア・キリストをどのように迎えるかの問題は、韓国民族にまかされているのだ。グローバルの時代、僕もあなたもその問題を避けることはできない。

信仰の友よ!僕は問う。
①韓国民族の待望した正道令として迎えるのか②佛教で待望の弥勒仏として迎えるのか・・ナネット・クリスト・ジョンソンの紹介③再臨のメシアとして迎えるのか・・興南収容所で朴正華氏は夢で白い衣のおじいさんから再臨主が文師であることを告げられる。④格庵遺録(預言書:南師古)の救世主として迎えるのか。「ついに解明された1999年」著者・高坂満津留に書かれている。⑤韓国内に再臨主降臨のために特別に準備された神霊教団を通じて迎えるのか。洪順愛女史は神霊教団を通過されて文師と劇的出会いをされて統一教に入門。⑥歴史的同時性(統一原理の復帰原理)としてイエスの無原罪の地上誕生として迎えるのか。⑦七つの真理を解明さる勝利されたユダ族のしし、ダビデの若枝として迎えるのか。新約聖書のヨハネ黙示録5章5節に書かれている。⑧人類の贖罪の主として。七死復活八段完成・真の父母勝利・真の愛神学を文師の七男・文亨進牧師は悟られた。文鮮明師の6度の地獄の牢獄の苦痛の勝利、七度目のヘリ機事故の苦難の勝利。文亨進牧師は、人類に対して神様の真の愛への道案内に父・文鮮明師が勝利されたことを幻を見て悟られたのだ。

もしも、文鮮明師(文鮮明自叙伝・文鮮明著)が、神が送られた再臨のメシアだとするなら、これは、日本と隣国韓国とアメリカ合衆国において最高・最大の課題である。人類の最高最大の課題なのだ。どんなルートでも良い。信仰の世界最高峰エベレストの登頂を期待する。友よ!先に登頂した者として、ぼくは、信仰の友にエールを贈りたいのだ。(メシア観はこの場だけで論ずるには不足であります。説明の不十分をお詫び致します。)
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感謝の人生 

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僕は、パソコンによりインターネットと出会った。インターネットから膨大な情報を得ることができる。統一教会に対する批判や反対する方の意見を知ることができた。反対牧師のブログや脱会した食口の方のブログも見ることができた。もちらん、統一教会の現役の食口たちのブログも見ることができる。僕は、こころを揺らがせることもあったけれど、強風にあっても竹林のように折れはしなかったのである。

なぜか。自分自身がいつも自分に問うテーマは決まっていたからだ。それは、本当に神は、存在するのか。本当に霊界・死後の永遠の世界はあるのか。本当に文鮮明師は無原罪で誕生されたのか。ぼくにとって統一教会に反対する人、反対しない人が問題なのではなく、脱会した人物か、しない人物なのかも問題にならなかったのだ。統一原理を受け入れこと。文鮮明師を再臨の無原罪のキリストとして受け入れること。父なる神を受け入れること。永遠の霊的実存世界・霊界を受け入れること。このテーマに苦悩し葛藤し長い歳月を要したのだ。僕は、苦しい期間を過ごした。文鮮明師の周辺にある多くの偽りとうわさの巨大な森の迷路から抜け出すにも時間を要したのだ。僕は、汗を流しながら真相を探求した。文師の16人の子女様を受け入れるにも多くの時間を要した。

文鮮明師は多岐に渡る分野に力を投入されている。宗教・経済事業(造船、自動車、ヘリコプター等)・政治・言論(新聞社)・スポーツ(サッカー等)・芸術(ユニバーサルバレー)・学術教授団宣教師派遣(194ヶ国)・霊的役事(天宙清平修練苑)・国際平和機構(UPF)・国際ハイウエイ・日韓トンネル・ベーリング海峡トンネル。このあらゆる地球的プロジェクトを現実に着手されているのだ。一つ一つ理解し消化するのは簡単ではない。だが、不足ながらも、僕は、40年文鮮明師を信じ従ってきたのである。僕の信仰の友が多く消えていった。生き残るのはたやすいことではなかった。去ることの事情と大変さも多少、理解できる。

僕は真実を求めて生きてきた。偽りよりも真実を求めて生きてきたのだ。真実の根源は、父なる神である。僕は、その真実の神を求めて進んで歩んだ時、最終的に文鮮明師の行く道に真実を見出したのである。文鮮明師は、一言で言えば、巨大なる怪物である。生き残る秘訣がもしもあるとしたなら。それは、「霊界を知ること」「直系の子女様の目線で文師を見ること」「神の心情に徹する」ということかも知れない。

僕は、文鮮明師を再臨のキリストと信じることができた。キリストは、堕落人間を救われるために天から降臨されて人物である。キリストは、堕落人間の救いに責任を持たれる原罪なき人間である。再臨されたキリスト・文鮮明師は、堕落人間の救いに最後まで責任を持たれていのちを削られて90年生涯を歩んで来られたと心の底から僕は、思うのだ。僕は、文鮮明師と出会い40年を越えた。僕は、こころの長い暗闇のトンネルを出た。僕の前に、父なる神は、僕の心の中に大きな愛情を太陽の日差しのように、春のやさしい雨のように注いでくださっている。ああ!本当に感謝だ。これがぼくの真実の告白だ。僕は、これから、すこしずつ、牛のようにのろい歩みかもしれないが、一歩、一歩前に進んでゆこう。希望の神の祖国光復への長い道を歩いてゆこうと思う。僕の心の中に文鮮明師を再臨のキリストと信じることのできるのは感謝以外ないのである。
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大義に立つ勇気の道は生涯の勝利を招く 

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かつて歴史上に大義に立った同志がいた
ノアやアブラハムそしてヤコブである
自分の先祖に誇りを持つヤコブは勇気を持って苦難を越えた
彼らの大義は自分というより神から来たのである
モーゼも同様に自分の先祖に誇りを持つが故に
イスラエルの民を引き連れて砂漠の荒野を越えた
イスラエルの末裔イエス・キリスト
抱かれた大義の途上に十字架で処刑されても血の苦難を越えた
イエス・キリストの大義とは巨大な夢・神の国である
再臨のキリスト・文鮮明師90年の生涯路程
七死復活八段完成の真の愛勝利の人生を歩まれた文師の大義とは何か
文師は祖国・韓国を誰よりも愛された
文師は国を奪い民族の誇りを傷付けた日本の国を誰よりも愛された
文師はキリスト教の国・米国から入獄されてもアメリカの国を誰よりも愛された
文師は神を否定する恩讐・共産主義のソ連・北朝鮮の国を誰よりも愛された
文師の心の大義とは何か 神を愛するが故の人類愛の大義
平和を口先だけで語ったのではない 
愛する家族を犠牲にしても愛する民族を犠牲しても国境を越えて他国を愛された
6度牢獄の苦難の地獄に落とされても文師の情熱は変わらなかった
7度目に受難のヘリ機事故の奇跡の生還後にも関わらず
老体に鞭を打ち、88歳から90歳の今日まで
恐れずに太平洋を何十回も飛行機で渡り大義に立っているのである
友よ、日本の統一教50周年を超え2010年の春節を迎えて
ぼくらの大義はどうか、疲れ果ててはいないか
大義に挫折した先輩たちの理想と平和と幸福への夢
老齢のお父様・文鮮明師90歳の夢
友よ!ぼくらにその大義の夢のバトンが渡されている
ぼくらが大義に立つ勇気を出さないなら
志半ばで先駆けて逝かれた慕わしい兄弟、先輩の苦労も砕けてしまうだろう
ぼくらが大義に立つ勇気を出さないなら
人情を越えて信仰を先立て天情に生きて死んだ
ヤコブやモーゼやイエス・キリストの夢の大義も消えてしまうのだ
巨大な壁が目前に立ちはだかっても勇気を出して互いに励まし合い越えて行こうではないか
-2010.2.17-

注:題字:「大義に立つ勇気の道は生涯の勝利を招く」は文鮮明師の揮毫(1978.12.1)
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待つ忍耐 

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ぼくの親戚のこと。交通事故で人をひいたのだ。被害者はぐったりしていた。
家族に迷惑をかけてしまうということで責任をとり自殺してしまった。
だが、実は被害者の方は気を失っていたというだけで死んでいなかったのだ。
もう少し、辛抱していればよかったのである。
神は忍耐の方である。聖書によれば、ペテロ第二の手紙3章9節
「ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。」
父なる神は最後の一人まで救われる方であると書かれているのだ。ぼくは、この聖句が
好きだ。地球の65億の人はもちろん、霊界に住む数千億の霊人の最後の一人まで救われるのだ。神の忍耐は驚くほど深いのである。六千年を耐えられた神のその驚くべき忍耐!
なぜなのか、ぼくは、考えた。それは、父母だからなのだ。ぼくは、そう、悟ったのだ。
ぼくも子供を持つ親として忍耐する力を試されることが多い。自分のこころに我慢というブレーキをかける難しさを味わいながら神様の事を考えるようにして辛抱を心がけている。
最後に、1991年、9月25日(日本・松涛本部)のお母様の言葉を紹介しよう。
「堕落する前のアダム・エバにおいても、忍耐が必要でしたが、特に堕落世界の人間たちにおいては、「忍耐して待つ」ということ以上の薬はありません。原理的に言えば
絶対服従です。中心に対する、神の御言に絶対服従する心です。」
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虎が天に向かって吼えれば激しい風が起こる 

2010mainobjet.jpg
ぼくの歌はまずい
だが、ぼくの短き人生 ぼくには、夢がある
それは、先駆者の宗教詩人の役割
歴史の中に活躍した偉大な詩人たち
これからの未来のすぐれたる詩人たち
ぼくの出番など、どこにもない 出番は今しかない!
もうすぐに!牧師たちが、仏教の指導者たちが、イスラムの指導者たちが
もうすぐに!政治家たちが、学者たちが、作家・詩人たちが
「再臨の主の誰であるか」を世界中で、民衆に宣言し始めるだろう
「真の父母が誰であるか」を世界中で、国民に宣言し始めるだろう
「平和の王が誰であるか」を世界中で、194ヶ国で宣言し始めるだろう
すべての国の平和大使たちが宣言し始めているではないか
巨大な津波の歴史の巨大な大河のうねりを誰も止めることはできない
民衆は愚かではない 各々のたましいで おのが良心で 
誰が本物の人物かを知る時代
偽者は、雪が太陽の光で解けてゆくようにすべて消えてゆく時代
本物の一人が現れた時、地球を瞬時に真実の情報が光のように走る時代
そのお方の「真実のたましいの勝利」がメディアデで公開される
再臨のキリスト・文鮮明師の90年の生涯
さあ! ぼくは、今日も、狂ったように叫ぶ!
魂の愛のミサイルを世界の友へ飛ばそう
あまりにも小さな発射台のぼくの魂から世界の友へ飛ばそう
魂のミサイルに愛の核弾頭弾を附けて神の心情の核弾頭弾を附けて
すべての人の凡ての村と都市と国と世界へ
あなたのたましいの良心の核へ
ぼくは、あらん限りの愛の力を込めて、ぼくの愛情のすべてを込めて
愛のことばのミサイルを撃ち込もう
神の心情と希望と愛よ! 爆発せよ!愛の太陽のように輝き爆発せよ!
虎 嘯 生 風
虎が天に向かって吼えれば激しい風が起こる
ぼくは虎になるのだ

注:虎 嘯 生 風(フー シャオ シェン フォン)
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告白 

李一松「告白」

僕は、1949年に北海道の渡島半島で生まれた。
1969年1月、僕は、友人から統一原理を紹介され今年で信仰生活40年になる。
僕の伝道される前年、1968年、川端康成がノーベル文学賞を受賞して日本中が喜びに沸いた。18歳の僕には、強い刺激であった。なぜなら、その頃、僕は、小説家を志望していたからだ。そのような中、新しい文学の理念を探していた僕は伝道された。田舎から札幌に出た時のことである。僕は、男子修道院の経営する函館ラ・サール高校で聖書も学んだせいか、統一原理は抵抗なく受け入れることができた。即、献身して今日まで、開拓伝道を6都市で歩んだ。千葉・船橋市、長崎・島原市、北陸・小松市、七尾市、埼玉・蕨市、東京・渋谷区である。20年の間に持病の腰痛で6回入院。内外の試練を味わいとてもきびしい歩みであった。
真の御父母様との出会いは、献身後、すぐに訪れた。僕は、1969年4月20日、東京・渋谷の本部教会での聖日礼拝に参加し、そこで49歳のお父様の説教を初めてお聞きした。「真の子女となりましょう」という題目であった。お父様は、汗をびっしょりかきながら、滝が流れるようにみ言葉を語ってくださった。その説教は、心霊の下がったときにはいつも僕を原点に戻してくれる、魂の記憶に残る僕の座右銘の説教となった。僕のお父様に対する理解は、村の熱弁を振われる村長さんという次元でお父様の背後にある歴史的事情まで悟ることはできなかった。次の出会いは、1800双の祝福を受けて間もない1975年2月13~15日の東京・日本武道館「希望の日講演会」での講演が思い出に残っている。お父様は、日本国民の大衆に向かって力強く訴えられた。「文先生以上の教えがあれば、先生もそこへ行くよ。」お父様は、自信にあふれて言われたのだ。その背後に43日間にわたる霊界での霊的闘いの勝利があったことは後になって僕は知った。僕も原理に対して自信を持ちたいと思い、比較宗教の勉強に取り組むようになった。
僕の闘病中、内村鑑三の随筆集と出会った。僕は、それが縁で詩を書き始めていた。その僕に衝撃的事件が起こった。それは、2003年2月6日、清平で「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」が挙行されたときのことであった。朴普煕先生がお父様の詩を朗読されたのだ。お父様が 、16歳のときに創られた詩「栄光の王冠」の紹介であった。2001年の世界詩競大会(主催・国際詩人協会)で最優秀賞に選ばれたという詩である。僕は、その詩を聞いて悟った。日本でも再臨主を迎えるために神様によって準備された人物、 内村鑑三先生や賀川豊彦先生が、詩を書かれているが、詩「栄光の王冠」は、彼らの詩とは全く違っていたのだ。
聖書のヨハネの黙示録5章5節に「ダビデの若枝である方が、勝利を得たので、その巻物を開き七つの封印を解く」という句を僕は、思い出した。この詩を創られた16歳の文少年は、まさに永遠の平和の王として立つと預言された「ダビデの若枝」の器を持たれた方なのだと僕は、深く悟り、確信するようになった。詩の行間に文少年の清いキリストの心を直感したのだ。
僕は、「この方は本当に、メシヤなのだろうか」と悩み信仰の葛藤を抱いていたのだ。僕は、堕落性の深い泥沼を抜け出せずにいた。もちろん、お父様を再臨のメシアと信じていたが、僕の良心は満足していなかったのだ。詩「栄光の王冠」は、僕の悩みを見事に消してくれたのだ。僕の良心は満足したのである。
人類が血の闘争に明け暮れたのも、第一次世界大戦で殺戮戦があったのも一人のお方の誕生を迎えるためであると原理講論は述べている。
ああ!1920年にお生まれになられた一人のお方は、無原罪で地上誕生された再臨の主、人類が待望した再臨のキリストであると僕は、悟り、確信を深めたのである。

僕は、再臨主の家庭のご子女様を通じて多くのことを学んだ。同時に希望を抱いたのである。それは、尊敬する文孝進様との出会いであった。僕は、2005年3月15日、詩の授賞式の記念撮影の場にいた。持病の腰痛ために僕は転びそうになった。その時、孝進様に僕は抱きついたのだ。孝進様は、うれしそうに僕の体を受け止めてくれた。そのとき、伝わってきた孝進様の体の温もりから、僕の魂の母としてのお母様と僕の魂の父のお父様の暖かさが伝わって来たのであった。

先頭を切って真の父母様に親孝行の限りを尽くされる子女様たち。
子女様を多少でも支えて過去と現在と未来へと、とこしえに輝き続ける人類の真の父母様に死の瞬間まで忠孝の心情の限りを尽くして僕も歩んでゆく覚悟を固めている。

最後に、僕から敬愛する真の父母様と今は亡き文孝進様に有名な韓国の詩を贈るものである。
 「先駆者」
 一松亭の青松は 年老いてゆけども
 一筋の海蘭江は 千歳にわたり流る
 過ぎし日川辺で 馬を馳せし先駆者
 今はいづこで 深き夢を見るのか

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苦難と栄光 

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苦難が深ければ深いほど栄光の頂上は高くなる
一番、苦労した者には一番、栄光の宮殿に立つ
100年の苦労した者は100年の栄光である
500年の苦労をした者には500年の栄光が約束されている
苦労と不幸は、忍耐すればするほど、考えられないほどの幸福が待っている
大自然の理が教えている
雪深い国の若者たちは、春を恋人のように、こころ焦がして待つ
苦労と不幸の道を6000年歩まれた苦難と悲しみの王である神様こそ
万年、億万年の栄光と幸福の王者になられるにふさわしいのである
だから、友よ!再臨のキリスト・文鮮明師にある友よ!
2010年もたくさん苦労しようではないか
これが、ぼくから、君に贈る「愛のことば」である
ぼくの青春時代の20歳(1970年)に
韓国で文鮮明師から教えられた、ぼくの魂の黄金の宝なのだ
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文鮮明師の歴史的貢献 

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2010年2月14日(旧暦1.1)は旧正月である。
中国では、春節。韓国ではソルラル。モンゴルではツアガーサルという。春節の慶びの日、歴史的天暦を文師は宣布された。
さて、表題の「文鮮明師の歴史的貢献」について語ろう。
人は互いを見つめ合う以上に、お互いの方向性と目標を見つめ合うことが
大切なときがある。過去よりも現在よりも未来を見てゆくことが必要なときがある。
一体、文鮮明師は過去の何を整理して、現在、何を勝利して、未来に何をしようとされるのだろうか。
ノア、アブラハム、モーゼ、イエスの越えることのできなかった諸問題に取り組まれた。
イエスの12弟子に相当する3種類の弟子の36家庭を造られた。
イエスは生きておられる時、死の道をも共にする弟子を一人もつくることが
できなかったけれど、文師は、弟子の中の全部ではないが、良き弟子をつくり彼らは、今日も師に従っている。文師は、未来において、国連改革の準備に天宙平和連合(UPF)を創られ、その完成に着手されている。すでに、194ヶ国で、その国の社会に影響を与えてその国のリーダたちが、賛同し始めている。また、国の国境を撤廃する国際ハイウエイ高速道路を計画し、準備に着手している。日韓トンネル、ベーリング海峡トンネルの準備である。
ぼくが、痛く、文鮮明師の「これは、本物の勝利だ」と、ぼくなりに思うことがある。
それは、天の家庭を勝利したということだ。
人類の歴史の中で最初の神様の心情を中心とした家庭を築かれたということである。
そのモデル・見本を創られたのだ。文師の子女達たちには、さまざまな事情があると思うが、しっかりと、文鮮明師の意志を継がれて真の子女様の家庭が、父の手助けをされていらっしゃるのだ。文師はいのちを削られて責任を果たされて来られたのである。ぼくも、父親の一人であるが、痛感する。魂の父親になることは、そう簡単にできることではないことを。
本質的にいえば、文鮮明師は誰も成し遂げたことのない人類的「4大心情圏」を完成させたということだ。
地球的天宙的4大心情圏(①子女の心情圏 ②兄弟の心情圏 ③夫婦の心情圏 ④父母の心情圏)を。
人間の頭脳の副産物としての人の智恵で創り出した神様ではなく、宇宙と霊界まで創造されて、人間の父母と生きて人類歴史を導いてこられた神様。その神様の心情をご自分の肉体で汗と涙と血の苦労の努力の中で、神様の味わってこられた心情を体験・体得。4大心情圏の完成者となられたのだ。4大心情圏は永遠の霊界でも通用するものである。文師に於かれてはまだ十分ではないと死力をつくされる日々であるのだ。イエス様は御結婚されなかったので、夫婦の心情圏は未開拓である。釈尊においても、生きている間、父母でいらっしゃる神様にお仕えした生涯ではなかった。聖人はじめ、教団の開祖たちも同様に、生きている時、父母である神様にお仕えした生活は、なかったのである。文師は、人類の最初のモデルの家庭の愛の道を開拓されて勝利の見本・目標・モデルを人類の未来への贈り物として、人類への遺産として残されたのである。これが、ぼくの、個人的見解、「文鮮明師の歴史的貢献」の論理である。
このモデル家庭を創ることが、どれほど大変なことか、悟らねばならないだろう。簡単にできるもではない。

「平和は政治家が額を集めて相談したからといってできるものではありませんし、
強大な軍事力があるから平和になるともいえません。
世界平和が訪れてくる出発点は、政治でも軍事力でもなく家庭です。」
―文鮮明自叙伝よりー

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神世紀の開幕 

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神と子羊に捧げられた者よ
光輝く海洋時代
希望の太平洋文明圏時代

罪なき方が罪の根を解かれる
封印された七つの真理を解いてくださった
子羊・再臨のキリスト
神がひとりひとりの父であること
神が最後の一人まで救われる永遠の父であること
永遠の世界、人間の霊魂の住むところを教えてくださった方
再臨のキリスト・文鮮明師

2010年2月14日、神世紀の開幕
神主義の和合時代の光明の灯される日
理想の愛の園の光が世界に放たれるのだ

神と子羊に捧げられた者よ
光輝く海洋時代
希望の太平洋文明圏時代
2010/02/13
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統一運動パネル展の感動 

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100210_1526~01
1800双祝福記念の会合の日、ぼくは、統一運動パネル展にいた。
会合の欠席は初めてのことであった。パネルの説明のために欠席せざるをえなかったのである。

ぼくは、ある事情から、七年ほど新聞の配達をしている。
最近、配達の際にきずいたことがある。ぼくの配達区域の中の15建の巨大マンションの大きさだ。
マンションの一階にその住民の集合ポストに夕刊を一部づつ入れている。マンションの各階まで入ることはなかった。ぼくは、その巨大なビルの姿がどのようなものか、関心のないまま7年間、配達していたのである。ほんとうに、驚いた!のだ。木を見て森を見ずということを思わされたからだ。

統一運動の40枚のパネル。それは、一代記の絵伝のように見開きの状態で統一運動の全景を知る事ができる。
人類を救おうとされる再臨のキリスト。父母の心情を抱かれた文鮮明師の90年の地球的業績を知るものなのだ。
ぼくは、巨大、かつ強大なマンションの全景を見た感動以上のものを統一運動パネル展の中で味わったのであった。
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創国 

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死んでも滅んでも 行く統一の道だ

否定されても 行く愛の道だ

神の国の創国の道だ

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悲しみの涙を流した母の姿―文鮮明自序伝よりー 

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「故郷で両親の墓を訪ねて花を捧げました。
興南の監獄に私を訪ねてきて
悲しみの涙を流した母の姿が、私が母を見た最後の姿でした。
母の墓の上を昨晩降った雪が軽く覆っていました。
私は白い雪を手の平で払い、母の墓に生えた芝をしばらく撫でました。」

文鮮明自序伝のこの一文にぼくの目は止まった。
40年前、最初の伝道師としてのぼくの人事。その教会は、千葉教会であった。
ぼくの行動を理解できないぼくの母は、わざわざ、北海道から教会まで訪ねて来た。
教会の責任者から説明を聞いて帰って行った。千葉駅での別れの時、ぼくの母は
悲しみの涙を黙って流した。文鮮明師の母の涙。ぼくの母の涙。ふたつの涙。
ぼくは、思う。2010年、ふたつの涙に責任を持たねばと思うのだ。
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感謝する知恵 

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ぼくの場合。あなたも試してください。
①空気:いつも供給ありがとう。
②目:再臨のキリストの姿を見ることができた。ありがとう。
③耳:再臨主のお声を聞けた。ありがとう。
④鼻:神の愛を呼吸できる。ありがとう。
⑤口:再臨主の新しい真理を人に語ることができる。ありがとう。
⑥手:手紙やメールで再臨の主のメッセージをつたえることができる。ありがとう。
⑦足:再臨主のみ言葉を聞くため教会にゆくことができる。ありがとう。
⑧生きている:神の愛と再臨のキリストの愛と祈りに包まれている。ありがとう。
⑨家族:相手(夫婦・息子・娘・両親)がぼくの愛を育ててくれる。ありがとう。
⑩人生の大嵐:再臨のキリスト・文鮮明師の歩まれた七死復活八段完成の愛の道を追体験できる。ありがとう。
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先駆者の道をぼくも行く 

未分類


先駆者の行かれた信仰の道
信じて滅んでも行く道であることを知りました

ユダヤ教の道
キリスト教の道
統一教の道

先駆者の道をぼくも行く
再臨のキリスト・文鮮明師を慕いて

先駆者の行かれた信仰の道
信じて滅んでも行く道であることを知りました


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キリストの愛 

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キリストの愛により
人を信じることを
ぼくは、学んだ

キリストの愛により
神を信じることを
ぼくは、学んだ

キリストの愛により
すべてを信じることができる愛を
ぼくは、学んだ

再臨されたキリストである文鮮明師よ
七死復活八段完成のあなたの愛に
ぼくの魂は、素直に脱帽したのである

      2010.2.9
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これがぼくからの愛なのさ 

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たとえ
信じて滅んだとしても
与えて忘れる
これがぼくからの愛なのさ

再臨のキリスト・文鮮明師を愛そう
家族を愛そう
故郷と国を愛そう
世界を愛そう
そうだ 神様を愛そう

たとえ
信じて滅んだとしても
与えて忘れる
これがぼくからの愛なのさ

    ー1800双祝福結婚記念日にー

注:愛の章・コリント人への手紙第13章7節
  「そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。」
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神の孤独 

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昨年、有名女優大原麗子の孤独死が報道された
本年も、アパートでの孤独死のニュースを聞いた
誰からも知られずに逝く一人の孤独死
実は、ぼくの兄も昨年逝かれた孤独死

孤独、人間の孤独さよ!

ぼくは、誰よりも孤独の道を歩まれたお方を
悲しみの不幸のお方を知っている
父なる神様、ぼくは、あなたの孤独の道を知った
再臨のキリスト、文鮮明師の孤独の道をぼくは、知った

苦しみと絶望とさびしさのどん底の中で
ぼくは、神の孤独の真実と出会って
孤独から抜け出す勇気をいただいたのである

神を信じる友よ
孤独の試練を恐れるな
神の幸福のためにも勇気を出し何としてでも抜け出すのだ

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文鮮明師が再臨のキリストである確信的根拠はこれだ! 

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lion.jpg
キリスト教の待ち望まれた再臨のキリスト。
その方は、既に、誕生されている。
最後の残された短い生涯を終えて新しい旅立ちを準備されていらっしゃるのだ。
その御生涯の詳細は、文鮮明自叙伝(創芸社)を読まれる事をお勧めする次第である。

聖書によれば、イエスは、再び来られるという。
その時、誰も解決できない真理を解明されるというのだ。

しかし、天にも地にも地の下にも、この巻物を開いて、それを見ることのできる者は、
ひとりもいなかった。 巻物を開いてそれを見るのにふさわしい者が見当らないので、
わたしは激しく泣いていた。
すると、長老のひとりがわたしに言った、
「泣くな。見よ、ユダ族のしし、ダビデの若枝であるかたが、勝利を得たので、
その巻物を開き七つの封印を解くことができる。」―ヨハネ黙示録5章3節~5節―

この聖句が、ぼくにとっての確信的根拠なのである。
文鮮明師は再臨のキリストとして誕生された。
その後、16歳の時、イエス・キリストより使命をいただいた。
それから、真理の死闘を展開されて最後の八大真理を宣布されたのであった。
八大真理のチャンピヨンとなられたのである。
①神様を最もよく知るチャンピオン
②サタンを最もよく知るチャンピオン
③人間を最もよく知るチャンピオン
④霊界を最もよく知るチャンピオン
⑤イエス様を最もよく知るチャンピオン
⑥聖書および各宗教の経書の核心内容を最もよく知るチャンピオン
⑦人類歴史を最もよく知るチャンピオン
⑧真の家庭の価値のチャンピオン
「神様のみ旨から見た環太平洋時代の史観-アメリカを中心とするUNと自由世界の方向-」より

詳細は、平和メッセージ13の研究を望むものであります。
聖書のいうユダ族の獅子(しし)、ダビデの若枝である方が、勝利を得たのである。
ユダ族の獅子・ダビデの若枝・再臨のキリストは誰か。
ぼくは、文鮮明師であると魂の底から確信したのである。


注:獅子:百獣の王のライオン
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プロフィール

李一松

Author:李一松
李一松(り・いっしょう)
北海道北斗市生まれ。
主な詩集に、「誇れる統一教徒」「故郷に昇る太陽」
「再臨主誕生」「希望の国」、短編集「奉仕 忍耐 犠牲」など。

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